上人橋通り物語 第八話

 

とにかく、落ち着こう。

ここが正念場だ。

完成まであと少し。

あと少しなのに、

「うん、じゃあ僕やらない。」

って言ったあの男に鉄鎚をくらわしたかった。

 

じゃ、どうすんのよ!

支払いもある、予算もある

期限もある。

しかし、お金はない!

 

どうすんのよ!

 

江里事務所で話すことになり、僕はそこに1人で行った。

そして部屋に入った。

そこには目をうたがう光景が。

 

いや正確には何も見えなかった。

昼間から真っ暗だった。

なにも見えない。

バング&オルフセンからクラシック音楽が聴こえてる。

暗いテーブルだけに北欧のみたいな

照明があたっているだけだった。

 

ドラマ「傷だらけの天使」の綾部事務所みたいだった。

 

そして穏やかな顔をした江里先生が

一杯だての珈琲を淹れてくれている。

真っ暗でクラシック音楽流れていて、江里先生が穏やかな顔で珈琲を淹れている。

 

なによ、これ…

ジキル&ハイドかよ。

 

僕は暗さに負けないようにハッキリとした口調で話を始めた。

 

「ブラックステンレスをあの大きなフードに使うって狂気すよ。価格聞きましたよ。普通のステンの4〜5倍するらしいじゃないすか!GUCCIとかのショップに一部使ってたりする高級ステンやないすか!」

「うん、だったら黒く塗ればいいじゃない?」

「あ、いや、そうじゃなくて。そもそも黒はやめてくださいって言ってるんですよ。八兵衛という焼とり屋はフードがピカピカじゃないと困るんです。それが八兵衛のオープンキッチンの象徴なんですよ。わかります?」

 

あ、また目を閉じて斜め上をむいて考えだした。これもうトラウマ。

そこから考えてだす言葉が痛いのよ。

とても嫌な時間。。。

 

オープンキッチンと言えば、壁の瓦をやり直したときに先生が業者さんに言った言葉を思いだした。

「オープンキッチンとは厨房区画のことを言うのではない、見えるところ全てがオープンキッチンだ。」

厨房区画を作ってるのではない。

オープンキッチンを作っているのです。

見えるとこは全てオープンキッチンである。

プロがプロに言った言葉である。

業者さん達は納得して仕事をしだした。

その頃まだ小僧だった僕にはわからなかった。ずっと後にわかるようになるのだけれども。

 

先生が答えを出す前に僕が喋り出した。

「先生、それから個室の仕切り壁はイムリみたいに鉄にするのはやめてください。そして床は本物の竹のフローリングもやめて塩ビタイルにしてください。もう、いくらか調べましたよ!

高すぎるでしょ!」

 

さらに目を閉じて斜め上をむいて考えだした。

「フードはステンにしよう。しかし個室の仕切り壁の鉄は変えられない。

ガンとした雰囲気と強さをだすから、鉄でないといけない。」

「いや、先生なんども言いますけど焼き鳥屋ですよ。強さとかパワーとかいらんし!」

「うーん、床は絶対に竹のフローリングでないとダメだ!」

「いや、塩ビタイルでいいすよ。

そこまで絶対お客さん見ないですって!安いほうがいいです、床は!」

その時にあの名言が出たのである。

「10年たてばわかるよ。」

「はい?10年うちの会社もちませんけど。このお店作って倒産まっしぐらですよ!」

本当に怒ってた。

いや、施主は僕やし!

なんで先生の作品づくりをウチの会社のお金でせなあかんの!

そんな気持ちだった。

 

あーだこーだの押し問答で結局は

フードはステン

個室の仕切り壁は柿渋の和紙

(これはあかざさんが見つけてきてくれたか、提案されたと思う)

床は絶対に譲れない、いや譲らないと押し問答のすえ僕がおれて、

竹のフローリングになった。

 

とにかく喧嘩してる場合じゃない。

はやく完成させないと。

 

そして、

ほぼ全ての問題はクリアしたかに

思っていた。

 

翌日江里先生はやめずに

仕事をしてくれた。

なだめたわけではないけど。

 

そこで最後の問題がおこった。

ショーケースは5メートル30センチの長さある。

そのガラスを継ぎ目ない1枚ガラスで作ると詳細図面にあった。

通常ネタケースは冷機屋さんが作る。そうだと思ってた。

 

冷機屋さんと僕と江里先生で話し合った。

「先生、これ真ん中に見えないように透明な継ぎ目あってもおかしくないすよ。そうしましょうよ。」

「いや、ダメだ!博多の焼き鳥屋の命であるショーケースだ。ドンっとしたものでないといけない!」

かなり強く言われてひるみそうになったけど、その当時その長さのガラスないやんって思ってた。

(冷機屋さん調べ)

「先生、その長さ作れるガラス工場ってないですよね?それに今からだと間に合わないですよ。」

「岡山にある!」

「はい?岡山のガラス工場ですか?

作ってどやって運ぶんすか?」

「どうにかして運ぶ!」

「いや、運べんってわかってますやん」(冷機屋さん調べ)

「特別なトラックをチャーターすればいいのよ。」

最高級の住宅や医院、そして

高級飲食店を作ってきた経験。

それには負けたわ。

凄っ。

 

そのネタケースは魅力的だった。

『オープンキッチンとは厨房区画を言うのではない。』の名言がきいてるわ。

 

で?

 

つづく

店主 八島 且典